第2話|鳴りやまぬ警報(専門版)

連載小説2026.02.25

以前は、地方の工場で電気設備の保全の仕事をしていた。
受変電設備。
電力会社から電気を受電する入口だ。

そこは、工場の“心臓”だった。

一度止まれば、生産ラインはすべて止まる。
機械は沈黙し、人は立ち尽くし、時間だけが金を食い潰していく。
停電一時間。
それだけで、何千万円という損失が出る現場だった。

鳴りやまぬ警報。
真夜中の呼び出し。
眠りを引き裂く電話の振動。

理由も、状況も、その一言だけ。
俺は作業着を掴み、夜の道路を走った。

工場に入ると、独特の匂いが鼻につく。
油と鉄と、わずかに焦げた埃の匂い。
天井の蛍光灯は白く、無機質に光っている。

電気室の扉を開けると、
いつもの警報音が鳴り響いていた。

――ピーピー、ピーピー。

耳に残る、嫌な音。
警報は、止まらない。

原因を探る。
継電器の動作履歴。
計測器で測定をしようとする。


だが、その場で一番強い言葉を持っているのは、数字ではなかった。

「前から、こうしてるだろ」

上司である年配の電気主任技術者の一言で、議論は終わる。
理由は語られない。
検証もされない。

「余計なことはするな」
「昔から、この設定でやってきた」

俺が口を開こうとすると、
その前に空気が固まる。

資格を持っている人間が正しい。
若い人間の意見は、聞こえない。

現場は、経験がすべてだった。
それは否定しない。
だが、経験の名を借りた思考停止が、そこにはあった。

「一応、ここ……」
俺が指を差しかけると、
上司は遮るように言った。

「いいから、言われた通りやれ」

その夜も警報は止まった。
原因が解決したのか、
ただ“音を止めただけ”なのかは、分からない。

止まった生産ラインが、ゆっくりと動き出す。
人が戻り、機械が回り、
誰も警報のことを話さなくなる。

それが、日常だった。

そこで、俺は電気主任技術者の資格を取った。

「これがあれば、もっと楽に仕事ができる」
「ちゃんと話を聞いてもらえる」

そう信じていた。

仕事が終わってから、机に向かった。
疲れた頭で条文を読み、
電気回路を解き、
眠気と戦いながら計算をした。

資格を取れば、世界が変わると思っていた。

実際、少しは変わった。
だが、劇的ではなかった。

それでも、「考えるための立場」を得たことだけは、確かだった。

そして今、俺は太陽光発電の仕事をしている。

静かな部屋で、ノートパソコンを開く。
監視画面に表示される発電量のグラフ。
数字は淡々と動き、警報も、怒鳴り声もない。

太陽光は、静かだ。

現場に行けば、風の音がするだけ。
昼間はパネルが光を受け、夜は、何事もなかったかのように眠っている。

だが、ときどき思い出す。

夜の工場。
蛍光灯の白い光。
止まったままの生産ライン。
盤の前で腕を組む、上司の背中。

鳴りやまぬ警報は、あの場所に今も残っている。

そして俺の中にも、まだ、微かに鳴り続けている。


【受変電設備|MEMO】
受変電設備とは、電力会社の発電所から送られてくる高圧または特別高圧の電気を工場や建物で使用できる電圧に変換し、各設備へ配電するための設備である。
変圧器、遮断器、保護継電器などで構成され、異常が発生すると建物全体が停電する可能性がある。
そのため、工場においては生産停止と直結する重要設備とされ、24時間の監視体制が取られることが多い。

第3話|発電事業者という仕事(専門版)→

営業時間 9:00〜18:00(全日)
mail info@sumrise-llc.co.jp
X(Twitter) https://twitter.com/
goudou_sumrise
LINE https://lin.ee/9RyW245
電話番号 070-2283-5372