第1話|静かな日常(専門版)

連載小説2026.02.25

ノートパソコンを開く。

京都の古いアパートの一室。六畳ほどの部屋に、簡易的なデスクと椅子、コーヒーメーカー。
これが俺の「職場」だ。
窓の外では、観光客がキャリーケースを引きずりながら坂を上っていく。
ガラガラと鳴るその音だけが、午前九時の始まりを知らせている。

俺の仕事は、太陽光発電所の技術担当だ。

サンエナジーという会社に所属し、業務のほとんどはリモートワークで完結する。
現地に行くのは月に数回。それ以外は、図面を確認し、報告書をまとめ、施工業者とメールを交わす。

モニターには、進捗管理表と工程表。
まだ手の付いていない区画が、淡い色で並んでいる。
それを眺めながら、コーヒーをひと口飲んだ。

正直、この生活は気に入っていた。

満員電車もない。油の匂いもしない。夜勤もない。
昼は近所のラーメン屋に行き、合間にSNSを眺める。
誰かに怒鳴られることも、背中越しにため息をつかれることもない。 工場にいた頃とはまるで違う。

前職では、朝が来るたびに胃の奥がきしんだ。
今日も何かが止まるのではないか。
また、あの警報が鳴るのではないか。
そんな予感を抱えたまま、鉄と油の匂いの中へ入っていく毎日だった。

ここでは、違う。

キーボードの音だけが、部屋に響く。
エアコンの風が、カーテンをわずかに揺らす。
外の世界は観光地で、俺の世界は画面の中だ。

予定表を確認する。今日は定例の進捗確認が一本。
午後には業者から図面が届く予定になっている。それが終われば、特に急ぎの用事はない。

「悪くないな」

思わず、独り言が漏れた。

社会のどこかで、誰かが汗を流してつくった電気が、この部屋を明るくしている。
その電気に関わる仕事をしているという事実は、少しだけ、胸を張れる気もした。

だが、本音はもっと単純だ。 楽で、静かで、 誰にも追い立てられない。

俺は、スマートフォンを手に取り、何気なくSNSを開いた。
深い意味はない。 考えたことを、そのまま打ち込む。誰に向けたわけでもない言葉が、どこかの誰かのタイムラインへ流れていく。

送信して、すぐに画面を閉じた。 仕事のタブに戻る。

「楽に生きたい」

それが、俺――西島の本音だった。

【太陽光発電所】
建物の屋根の上や遊休地に設置された太陽光パネルで電気をつくり、電力会社に送電するための設備一式を指す。主要部材は太陽光パネル、架台、配線、パワーコンディショナ、受変電設備などで構成されている。二酸化炭素を発生しないクリーンエネルギーとして注目されている。

第2話|鳴りやまぬ警報(HP完全版)→

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