第8話|名古屋の同業者(専門版)

連載小説2026.03.8

misonikomi-denki。

SNSのタイムラインで何度か見かけた名前だ。
現場写真。分電盤。ケーブルラック。派手さはないが、業界の人間なら分かる投稿ばかりだった。

コメントのやり取りが続き、「近くに来るタイミングで軽く飲みませんか?」
そんな流れになった。

仕事の延長のような感覚だった。
警戒も期待もしていなかった。
名古屋駅近くの少し静かな店。平日の夜で客はまばらだ。

先に来ていた男は立ち上がって軽く会釈した。
年は同じくらい。清潔感のあるシャツに控えめな腕時計。声はよく通り、話し方に無駄がない。
「後藤田と言います。電気屋やってます」
そう言って、名刺を差し出された。

――ネクサス工建。

見たことがある社名とロゴを見た瞬間、手が止まった。

EPC。
福岡案件。
桐生。

後藤田は気づかないふりをしたのか本当に気づかなかったのか。表情は変わらない。

西島は、自分の名刺を出さなかった。
「個人で、太陽光の仕事を少し」
そう名乗った。

嘘ではないが正確でもない言い方だったが、後藤田は特に深掘りしなかった。

「最近、太陽光も難しくなってきましたよね」
「ブレーカー納期また延びるらしいですよ」
「ケーブル盗難やられました」
会話は、完全に“同業者同士”だった。

「味噌煮込みうどん食べたことありますか?」
そう言って笑う。
SNSのアイコンと、現実の人物が一致する。

違和感はない。
むしろ、話しやすい。

それなのに。俺はずっと自分の名刺をポケットに入れたままだった。
なぜ出さなかったのか。理由を考えようとしても言葉にならない。

ただ、「今は出さない方がいい」
そんな感覚だけがあった。

店を出て、軽く頭を下げる。
「どこかのまた現場で会うかもしれませんね」
後藤田はそう言った。

その言葉がなぜか少しだけ引っかかった。

ホテルに戻りベッドに腰を下ろす。
ジャケットのポケットから後藤田の名刺を取り出し指でなぞる。

ネクサス工建

桐生と後藤田は同じ会社だ。
同じ業界。同じ太陽光。
なのにどこか違う匂いがした。

天井を見つめながら考える。

俺はなぜ名刺を出さなかったんだろう。

それは警戒だったのか。それとも、無意識の自己防衛だったのか。答えは出ない。

その判断が正しかったのかどうか、それを知るのはもう少し先の話になる。

第9話|違和感(専門版)→

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