「ネクサス工建の桐生です」
現地で桐生は名刺を差し出した。
年は俺より少し上だろうか。日焼けした肌に無精ひげ。後ろで束ねた長めの髪。
「今日はよろしくお願いします」
そう言って軽く頭を下げる動きに、現場慣れした感じが滲んでいた。
現地ではすでに杭打ちが終わっていた。
レイアウトどおり、一直線に並ぶスクリュー杭。曲がりもなく、芯も通っている。
俺は無意識に一列ずつ目で追っていた。
「地面が柔らかく心配だったんですが、引き抜き試験は一番悪い箇所でも1,000kg以上でした」
桐生はそう言って、試験結果をタブレットで見せる。
引き抜き荷重試験。杭が地盤からどれだけの力で抜けるかを確認する試験だ。
架台設計時に想定する荷重を満たしているかどうかを判断する重要な指標になる。
「設計上の必要引抜力は?」
俺がそう聞くと、桐生は少しだけ間を置いた。
「設計図上では800kgです。クリアしているので問題なしです。」
その答え方に、変な引っかかりはなかった。
数字も考え方も妥当である。
俺は紙の図面を広げる。
架台強度計算書。風圧荷重、積雪荷重、地震時水平力。
計算条件はメーカー仕様に沿っている。
「架台強度計算の範囲内ですよね」
桐生は頷きかけてから、少しだけ考え込む。
「……一度、設計担当に最終確認してから、改めて連絡します」
その一言に、誤魔化しや逃げの感じはなかった。
分からないことを分からないままにしない。
それだけで、現場では信頼にできる。
「宜しくお願いします」
そう返しながら、俺は心の中で小さく頷いてた。
昼時になり、桐生の案内で現場近くの蕎麦屋に入った。
古い木造の店で昼時でも騒がしくない。
「ここ、よく来るんです」
そう言いながら、桐生は迷いなく鴨せいろを頼んだ。
「親が社長で自分はほぼ現場任されてます」
蕎麦が来るまでの間、そんな話をする。
「自由に働きたかったんですけど、社長が歳なので後継ぎのため引き抜かれました」
そう言う口調は淡々としていて、自分の立場を誇る様子も卑下する様子もなかった。
「大変じゃないですか」
そう聞くと、桐生は少しだけ笑った。
「まぁ……大変ですけど。現場が止まらなければ、だいたい何とかなりますから」
その言葉を聞いて、俺は以前働いていた工場を思い出していた。
止めてはいけない設備。
止まれば怒号が飛び、責任の所在を巡って空気が張り詰める。
だが、ここでは違う。少なくとも、目の前の桐生からはそう感じた。
蕎麦を食べ終え、現場に戻る。
キュービクル設置予定位置を確認し、連系点までの高圧ケーブルルートを一緒に歩く。
「引込柱からキュービクルまでのケーブルは埋設で行きます。
埋設深さは600ミリ、防護管を入れます」
当たり前のことを、当たり前に説明する。それができる現場は案外少ない。
一通り現場確認を終え、新幹線に乗った。
窓際の席。
走り出す車両。
スマホを取り出し、社内チャットを開く。
――福岡案件、順調です。
そう入力して、送信する。
その言葉に、疑いはなかった。
画面を閉じ、外に目を向ける。
このときの俺はまだ知らなかった。
「順調」という言葉が、あとになって何度も頭の中で反響することを。
【杭打ち|MEMO】
太陽光発電所では、架台を支えるために地面へ杭を打ち込む工程がある。
一般的にはスクリュー杭(先端から軸部にかけて螺旋形状を持つ鋼製杭)が用いられ、回転させながら地中に圧入する。
施工後は引き抜き荷重試験を行い、設計で想定した荷重に対して十分な支持力が確保されているかを確認する。
杭は架台・パネルの自重だけでなく、風圧、積雪、地震時の力を長期間支え続ける重要な部材である。




