第9話|違和感(専門版)

連載小説2026.03.8

名古屋の朝は、思っていたより静かだった。
カーテン越しの光は柔らかく、車の音も遠い。
昨夜までの雑踏が嘘のように感じられる。
ホテルの部屋で身支度をしながら、西島は自然と昨日のことを思い返していた。

後藤田。

ポケットから名刺を取り出し、もう一度目でなぞる。

――ネクサス工建。

頭の中で仕事の情報と昨日の会話が重なっていく。

後藤田は桐生と同僚なのだろうか。
俺のことは聞いているのだろうか。

名刺を出さなかったことが今になって少しだけ重く感じる。
意識して隠したわけじゃない。その場で判断したわけでもない。
ただ、「今は違う」そんな感覚が指を止めただけだ。
だが、なぜ違うと感じたかを言葉にしようとすると途端に曖昧になる。

後藤田は普通だった。
話し方も距離感も態度も。
むしろ、業界では珍しいくらい感じのいい人間だった。
だからこそこの引っかかりが消えない。

洗面台で顔を洗い、タオルで水気を拭き取る。
スマートフォンが軽く震えた。
画面を見る。

後藤田からのDMだった。
「同業界ですので困ったことがあれば助け合いましょう!」

短い文章。丁寧で悪意の欠片もない。
業界ではよくあるやり取りだ。
むしろ健全ですらある。

それなのに。西島はすぐに返信できなかった。
“助け合いましょう”

その言葉が少しだけ早すぎる気がした。
まだ、何も始まっていない。
まだ、何も困っていない。
それなのにもう「助け合い」が前提に置かれている。

考えすぎだ
自分に言い聞かせる。

気にするほどのことじゃない。
それでも胸の奥に残るざらつきは消えない。
名刺を戻す。

スマートフォンの画面を伏せる。
「……まあ、いいか」
誰に言うでもなく、そう呟く。

福岡案件も工程表どおり進んでいる。

現場も、

図面も、

数字も、

何一つ問題はない。

だからこの違和感はきっと気のせいだ。
そう結論づけて西島は荷物をまとめた。

第10話|順調という言葉(専門版)→

営業時間 9:00〜18:00(全日)
mail info@sumrise-llc.co.jp
X(Twitter) https://twitter.com/
goudou_sumrise
LINE https://lin.ee/9RyW245
電話番号 070-2283-5372